第4章 仮想人格 | |
「……不断の努力によってのみ手に入れられる技量というものも、確かに存在するかもしれません。しかし、現在最も重要な産業難民に対する救済措置として、仮想人格を導入することは、決して無理なことではないでしょう。この技術を用いることで、事実上産業難民化する労働者は激減するはずです。特に政府の支援があればなおさらです。その有効性について疑問視する向きもあるようですが、心配はいらんでしょう。事実、既にこの倫敦には、仮想の人格で自分を騙し騙し生きている者が大勢いるではありませんか」
―1865年議会にて。ハロルド・アッカーマン
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基本的な情報 | |
『仮想人格』は19世紀末倫敦で一般的に利用されている科学技術であり、文化であり、社会風俗です。この『人工的な多重人格』という奇妙な技術は、倫敦市民に容易に各種の技術の習得をもたらしています。一方この技術は、前世紀では想像も出来なかったような悲惨な犯罪の温床ともなっています。議会では未だこの技術に関する議論が続いていますし、特に最近では強硬に全面禁止を訴える議員もいるようです。しかし、既に社会では多くの仮想人格が利用され、日々新しい人格プログラムが流通しているのです。 簡単に言えば仮想人格は『行動を変容させるための技術』です。意識に対して強制的にパッチを当て、各種の場面場面に対応した相応しい技能を出力するというものです。あえて言うならば、極めて強力な催眠術のようなものです。この催眠術は導引機械の利用によって自動化されており、市民にとって比較的手軽に利用できるものになっています。 |
<コラム:仮想人格イマージュ> 世界が眼前に再び強烈な印象と共に開けてくるのを、彼女は色あせた空泡のような意識の向こう側から眺めていた。 彼女は失くした物を見つけたかのように、若く、明るく、思慮に欠ける、その無謀ともいえるエネルギーを感じた。そしてあたかも昔を懐かしむかのように意識の底の方で目を細めた。──若さ。たとえこれが偽りの若さであったとしても、彼女が昔の自己の体内に含まれていた激情を思い出させるには十分だった。 しかし同時に彼女はもう帰ることができないことを、リアルに感じてもいた。それでもいいのだ。人には過去を懐かしむ権利を持っている。 老女の肉体に若い意識の波動を持ちながら、老女は彼女を一時的ながらも若返らせてくれた「仮想人格」について想いを馳せた。 老女の瞳から涙が溢れた。 |
専門的な情報 | |
仮想人格は、『ジェームズ・アトキンソン』と『ハロルド・アッカーマン』によって創始された、仮想の人格を用いるためのシステムです。そしてこのシステムは『個人の性格や個性というものは、ある特徴的な行動文法則によって記される』という理論を実用化したものです。処理する生理学的なシステムは現在解析が進んでいる状況です。しかし『人格』という得体のしれないものを、行動というレベルにまで落とすことで、ソフトウェア化して流通させることを可能にしています。 |
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アンダーグラウンドな情報 | |
「Virtual Image」とは視覚的虚像のことを意味します。「Virtual Identity」とは仮想人格を示します。この両者に共通していることは「ほとんど本物」のように見えるということです。しかし、たとえ本物らしく見えたとしても、それは虚構に過ぎません。 仮想人格システムは技術が産み出した道具です。どこまで追い続けても、それは本物の人格ではあり得ません。しかし仮想人格に取り憑かれた人々は「本物らしさ」という虚像に翻弄され続けています。ここでは仮想人格を巡るアンダーグラウンドな情報を紹介します。 |
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データ類 | |
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